2019.10.30
改正相続法(遺産分割前の預貯金の払い戻しについて)
(私見も交えて)
令和元年 10月 30日
〒604-0991
京都市中京区寺町通竹屋町上ル行願寺門前町2-2
こもだ法律事務所
弁護士 薦 田 純 一
TEL 075-253-1192 ・ FAX 075-211-4919
(参考資料)
- 1 「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律について(相続法の改正)」
法務省民事局HP(平成30年7月13日)
- 2 「民法(相続法)改正 遺言書保管法の制定ー高齢化の進展に対する対応」
法務省民事局参事官室・総務課(平成30年11月)
- 3 「法務局における遺言書の保管等に関する法律について」
法務省民事局商事課 (令和元年6月11日)
- 4 「東京家庭裁判所家事第5部(遺産分割部)における相続法改正を踏まえた新たな実務運用」
(令和元年6月13日発行)
- 5 「一問一答 新しい相続法」(商事法務・2019)
第1 はじめに(制度趣旨や概要など)
- 1 平成30年(2018年)7月6日、「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律(以下「改正相続法」という)(平成30年法律第72号)」及び「法務局における遺言書の保管等に関する法律(以下「遺言書保管法」)(平成30年法律第73号)」が同日成立し、同年7月13日公布されました。
そのうち(1)「自筆証書遺言の方式を緩和する方策」は、平成31年(2019年)1月13日から施行されますが、(2)原則的に「改正相続法」は、令和元年(2019年)7月1日から施行されます。(3)但し、「配偶者居住権及び配偶者短期居住権に新設等」は、令和2年(2020年)4月1日から、(4)また、「遺言書保管法」は、令和2年7月10日から施行されます。
- 2 各々の改正や制度の趣旨
- (1)まず、「改正相続法」の趣旨は、社会の少子高齢化が急速に進展するという社会経済情勢の大きな変化に伴って、相続開始時の配偶者(とくに妻)の高齢化が進行し、配偶者(とくに妻)の生活の保護を図る必要性が高まっていることから、相続に関する制度の見直しを図ったものです。
具体的には、後述する通り、(イ)配偶者の居住権の保護、(ロ)持戻し免除の意思表示の推定、(ハ)遺産分割前の預貯金の払い戻し制度、(ニ)自筆勝訴遺言の方式の緩和、(ホ)遺留分減殺請求権の効力の見直し、(ヘ)相続人以外の者の貢献を考慮する制度などが主な改正点です。
- (2)また、「遺言書保管法」の趣旨は、高齢化の進展などの社会経済情勢の変化に鑑みて、相続を巡る紛争を防止するために、「自筆証書遺言」の遺言書を法務局で保管する制度を新たに設けることにしました。
第2 「改正相続法」の概要と実務対応など(前回に引き続き「続編」
2 遺産分割前における預貯金の払い戻し制度の創設等
- (1)家庭裁判所の判断を経ないで、遺産分割前に預貯金の払い戻しを認める方法
が創設されました(民法909条の2)。すなわち、
- ①改正法は、「各共同相続人は、遺産に属する各預貯金債権のうち『相続開始時』の債権額の3分の1に当該相続人の法定相続分を乗じた金額(標準的な当面の必要生活費、平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者毎に法務省令で定める額(後に150万円とされた)を限度とする)については、単独でその権利を行使することが出来る。
この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。」としました。
- ②その趣旨は、平成28年12月19日の最高裁大法廷判決(民集70巻8号2121頁)が、従前の判例を変更して、預貯金債権も遺産分割の対象に含まれるとしたことによって、従来認められていたような考え方、すなわち「預貯金債権は、相続開始と同時に各共同相続人の相続分に応じて当然に分割されて帰属するので、各共同相続人は自分に帰属した債権を単独で行使することができる。」という考え方が否定されました。そのため、遺産分割までの間は、共同相続人全員の同意を得なければ預貯金債権の権利行使をすることが出来なくなりましたので、今度は、被相続人が負った相続債務の弁済や、被相続人から扶養を受けていた相続人の当面の生活費の支出が出来なくなってしまったので、そのような資金需要に応じることが出来るようにするためです。
この規定は、令和元年7月1日から施行されます。但し、この日よりも前に会した相続であっても、この日以後に預貯金債権が行使される場合にも適用されることになっています(附則5条2項)。
- ③上記制度の要件を少し詳しく分析して見ます。
- (ア)共同相続人の一人が、被相続人の預貯金債権の債務者である金融機関に対して、個々の預貯金について、権利行使(払い戻しの請求)をしてきた場合には、その預貯金債権の債務者である金融機関が、それが当該相続人の権利行使が可能な範囲内かどうか(すなわち、各預金債権額の3分の1に請求してきた相続人の法定相続分を乗じた金額(但し150万円が限度))を計算することが予定されているようです。
- (イ)その場合、金融機関が明確にその判断が出来るようにするために、その計算の基準時は、「相続開始の時」とされています。
- (ウ)ただ、金融機関に上記のような判断をして貰うためには、(a)被相続人が死亡した事実や、(b)相続人の範囲、(c)払い戻し請求してきた相続人の法定相続分が分かる資料(戸籍謄本など)の提出が必要になりますので、事前に戸籍謄本など(被相続人の出生時から死亡時までのものが必要です)を入手しておく必要があります。ただし、これにはかなり手間が掛かることを覚えておいて下さい。
- (エ)また、この払い戻し請求は、「遺産に属する預貯金債権」を対象としており、遺言によって、遺贈や特定承継(遺産分割方法の指定として、特定の財産を特定の共同相続人に承継させるとされている場合)されたりしていると、対象にはならないのが原則です。
ただ、改正相続法によって、遺贈や特定承継の場合も「対抗要件主義」が適用されるようになったので(民法899条の2)、金融機関は、所定の債務者対抗要件(民法899条の2第2項・467条)が具備されるまでは、当該預貯金債権が遺産に属していることを前提に処理をすれば足り、その後に払い戻しが無効になることはないと考えられています(「一問一答」)。
(2)遺産分割び審判又は調停の申立てがあった場合の「保全処分」の要件を緩和する方策(家事事件手続法200条第3項)
- ①上記のとおり、共同相続人の一人が単独で裁判所の判断を経ずに預貯金の払い戻しを求める方法(民法909条の2)には、限度額の制限があるため、それ以上の資金需要がある場合には役立たない可能性がありました。
そこで、改正相続法は、「預貯金債権の仮分割の仮処分」(仮地位仮処分)についても家事事件手続法200条第2項の要件を緩和することにしました(家事事件手続法200条第3項)。すなわち、
- (ア)遺産分割調停または審判の申立てをした申立人又は相手方は、
- (イ)相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情により、遺産に属する預貯金債権を、当該申立てをした者又は相手方が行使する必要があると認めるときは、
- (ウ)その申立てにより、遺産に属する特定の預貯金債権の全部または一部をその者に仮に取得させることができる。
- (エ)但し、他の共同相続人の利益を害する時は、この限りではない。
- ②この規定は、令和元年7月1日から施行されます。
(3)遺産分割前に遺産に属する財産が処分された場合の取り扱い(民法906条の2)について
- ①共同相続人の一部の者が、前項の規定(民法909条の2)に基づいて、「遺産に属する預貯金債権の権利行使をした場合」は、後の「遺産分割」のなかで、その清算がなされることになります。
ところが、従前は、たとえ共同相続人の一部の者が、遺産を構成する財産を処分したとしても、「遺産分割の時点で存在しない財産」を遺産分割の対象としたり、当該処分をした相続人が受けた利益を考慮することはなかったので、民法909条の2の規定による権利行使の場合と不公平を生じますし、相続人の違法行為を助長したりする可能性があります。
- ②そこで、改正相続法は、「遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合であっても、共同相続人の全員の同意により、当該処分された財産が遺産の分割時に遺産として存在するものとみなすことができる。」ことにしました(民法906条の2第1項)。
そして、同第1項には「相続人全員の同意により」とありますが、共同相続人間の公平を図るために、当該処分をした相続人の同意は要らないことにしてあります(民法906条第2項)。
- ③遺産に属する預貯金が払い戻された場合には、前項の民法909条の2が適用されるので、この民法906条の2は、909条の2が適用されない場合にのみ適用されることになると考えられています(「一問一答」)。
そこで例えば、共同相続人の一人が、被相続人名義のキャッシュカードを使ってATMから預金を払い戻した場合とか、自分が被相続人だと偽って被相続人名義の払戻請求書を作成して銀行の窓口で払い戻しを受けたような場合には、金融機関は、その払い戻し請求が民法909条の2に規定による者かどうかの判断をする事が出来ないので、民法906条の2が適用されることになると考えられているようです(「一問一答」)。
- ④ところで、民法906条の2は、「遺産分割前に遺産に属する財産が全て処分されてしまって、遺産分割の対象となる遺産が存在しない場合」には、そもそも遺産分割をすることが出来ないので、同条の対象とはならないと考えられています(「一問一答」)
- ⑤ただ、上記の通り、同条2項で、「当該処分をした相続人の同意は要らない」とされていますが、「遺産に属する財産の処分をした処分者が誰なのか不明であったり、争いがある場合」には、遺産分割の前提問題として、当該処分された財産が民法906条の2の規定によって遺産に含まれることの確認を求める民事訴訟を提起する他ないようです(「一問一答」)。